さて、前回の最後に、「平柳十五ヶ村」という言葉が出てきました。

これもトップページで触れていますが、おさらいしますと、

元郷村、弥兵衛新田村、領家村、新井方村、十二月田村、樋爪村、

二軒在家村、上新田村、中居村、小淵村、辻村、前田村、川口村、

飯塚村、浮間村

上記の15の村を指し、平柳氏の館が在ったことからも元郷がその中心

でありました。

十五ヶ村を現在の地名で表すならば、

「元郷村」は「元郷」、「弥兵衛新田村」は「弥平」、

「領家村」は「領家、東領家」、「新井方村」は「新井町」、

「十二月田村」は「末広、朝日」、「樋爪村」は「朝日、南鳩ヶ谷」、

「二軒在家村」は「南鳩ヶ谷、鳩ヶ谷緑町」、

「上新田村、中居村、小淵村」は「三ツ和」、

「辻村」は「辻」、「前田村」は「前田」、

「川口村」は「本町、栄町、寿町、金山町」

「飯塚村」は「飯塚」、「浮間村」は「東京都北区浮間」

といったところでしょうか。

そこで、1つの疑問が…。元郷があるのは「南平(柳)」地区です。

何故、単に「平柳地区」ではなく、頭に「南」が付くのでしょうか。

答えは簡単です。現在は地域の名が残っていませんが昔は「北平柳村」が

存在したのです。

北平柳村に属する地域は、現在の辻、前田、三ツ和、南鳩ヶ谷、鳩ヶ谷緑町、

里、八幡木がほぼ旧村域に当たり、桜町1丁目、坂下町1丁目・4丁目付近

も含まれていました。

「辻~鳩ヶ谷緑町」は「平柳領十五ヶ村」にも含まれている地域ですが、

「里」、「八幡木」、「桜町」、「坂下町」は含まれていない地域です。

推測ですが、室町~江戸期における様々な変遷により武蔵国足立郡平柳領に

編入されたものと思われます。

川口市と平柳領十五ヶ村 

緑色線…川口市

桃色線…足立郡平柳領(平柳領十五ヶ村)

ポイント印…当社鎭座地